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本能寺の変

昨日の夕方、NHKで明智光秀の謀反についての放映が有りました。
来週、豊臣兄弟で「本能寺の変」が放映されるのでその辺は大幅にカットされていたのですが、
その前後の歴史が面白く描かれていました。
明智光秀はそれなりに準備をしていたようですが、誤算もありました。
準備としては、北陸 上杉征伐に出陣していた、柴田勝家の帰京を途中で停めました。
北陸から京都まで大小たくさんの川が有ったのでそれを利用して簡単に京都に戻れないようにしました(橋を壊すとか)。
北陸からの柴田勝家と西国からの羽柴秀吉からの挟み撃ちを防ぐために京都と大阪の中間点ぐらいの天王山と言う山城に高山右近の城が有ったのですが、高山右近を味方に付け、秀吉への備えとしました。
ここで誤算が発生しました。
高山右近は熱心なキリスト教徒だったんですが、当時のイエズス会宣教師から大恩ある信長(キリスト教に対して好意的でした)を討った光秀の味方をすることは許せない。逆に光秀を討てという書状を受けて(その書状が残っていました)反光秀になりました。
もう一つ、目論みが外れたのが、細川忠興です(これはテレビでは放映されませんでしたが面白いドラマがあったと勝手に想像しています)。
細川忠興の妻には、光秀の娘(ガラシャ婦人)が嫁いでいたのですが、光秀からの味方になれという言葉に反旗を翻しました。
光秀の娘婿ですから、光秀としては当然味方になってくれると思っていたのですがそうはならず敵になりました。
先ほど書いた「ガラシャ婦人」ですが、立派なキリシタンでした。
(自分の侍女などをキリスト教に改宗させていました)
多分こちらにも、イエズス会から何らかの形で指示が出ていたと察します。
結局、主だった武将の支持が得られず、ほぼ単独で秀吉連合軍と戦う事になり、あっという間に敗軍の将となりました。
歴史上の書物とかが、参考資料で出てきていたので、大変興味深くテレビを拝見させていただきました(笑)。

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